| 年 代 |
歴 史(東トルキスタン+中央アジア) |
| 古代 |
オアシス農耕文化の発展
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紀元前4世紀頃〜
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匈奴帝国 漢代には西域36国、のちに50余国といわれた多数のオアシス集落時代 |
| 紀元前121年 |
匈奴帝国 前漢の西域河西地方への侵略・4郡を直轄領とする |
| 1〜2世紀 |
後漢・西域経営の失敗
匈奴帝国 西域の繁栄、都市国家を築く |
| 2〜5世紀 |
匈奴帝国 独自の文化が開花
後漢・魏・晋との外交的柵封 |
| 5〜6世紀 |
モンゴル系の柔然・タリム盆地支配 隋、西域に4郡を設置 |
| 6世紀 |
チュルク王朝 |
| 629年 |
チュルク王朝、唐により滅亡
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| 630年 |
唐による武力征服 唐の勢力衰退 |
| 744〜804年 |
ウイグル王朝(ヤグラカル朝) |
| 795〜840年 |
ウイグル王朝(エディス朝) |
| 840年〜1218年 |
カラハン王朝(西ウイグル王国) 10世紀末より徐々にイスラム教が浸透 |
| 1224年〜1328年 |
モンゴルの領地となる
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| 1284年 |
ウイグル王国崩壊 |
| 13世紀〜17世紀 |
モンゴル帝国に服属
セイディハン王朝 |
| 1524年 |
明との交流疎遠に
カシュガリヤ国 |
| 1758〜1759年 |
カシュガリヤ国 清朝による侵略 |
| 1860年 |
北京条約 ロシアが清から沿海州を割譲。英、露がカシュガルに領事館設立を認めさせる |
| 1871年 |
清朝の圧政・収奪により反清反乱頻発・清朝より独立 ヤクーブ・ベク、東トルキスタン独立政権を樹立(イリ地域を除く) |
| 1880年 |
ロシア領事ペトロフスキーがカシュガルに赴任 |
| 1884年 |
中国の西隣に位置していたカシュガルヤ国が清朝の侵略により植民地となる(清朝による再侵略・占領)
カシュガリヤ国崩壊 |
| 1886年 |
清朝「新疆」(新しい植民地)という名を付ける カシュガルヤ国民の独立運動活発に |
| 1912年 |
辛亥革命、清朝崩壊 中国は日中戦争後も国共内戦。国民党の圧政により抵抗運動頻発 清朝・漢族により崩壊 カシュガルヤ・チベット・モンゴルなどが中華民国の“遺産領土”として圧政下に置かれる 揚増新の独裁時代(1912〜1928)、全ての学校の閉鎖、知識人の逮捕投獄
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| 1912〜29年 |
中華民国によるウイグル学校の閉鎖(文盲政策)。国民党によるウイグル民族弾圧 |
| 1932年 |
クムル地区で農民蜂起。東トルキスタン全国へと広がる |
| 1933年 |
11月12日東トルキスタンイスラム共和国建国独立宣言(一回目の独立宣言)教育制度の復活 |
| 1934年 |
国民党、東トルキスタン大統領及び総理大臣を殺害
中華民国、ウイグル民族教育を禁止。東トルキスタン全体で教師、作家、詩人、宗教家、愛国者などを弾圧 |
| 1938年 |
カシュガル市で収監されていた300人のインテリを射殺死体にガソリンをかけて焼却。独立運動激化 |
| 1944年 |
11月12日 中華民国より独立「東トルキスタン共和国」建国(二回目の独立宣言)
教育制度の復活、学校建設、 |
| 1949年 |
中華人民共和国のウイグル侵略 |
| 1955年 |
新疆ウイグル自治区成立
中華人民共和国の圧政・収奪により東トルキスタンの分離独立運動が活発化 |