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東トルキスタンは天山山脈を境に、北部の草原地帯と、南部の砂漠地帯に大別
される。そして南部のタクラマカン砂漠の周縁には古代からオアシス国家が散在し、
インド=ヨーロッパ語族のイラン系住民が農耕と交易を営んでいた。つまり、彼ら
イラン系のオアシス定住民も現代ウイグル人の祖先である。この地域のオアシス間
を結ぶ交易路は“シルクロード”(絹の道)と呼ばれる。
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東トルキスタン
(1944年) |
東トルキスタン・イスラム
共和国(1933年) |
ウイグル人たちは時に独立を保ち、時にモンゴルや中国に支配されながらも、オア
シスごとの自治をずっと維持して来た。しかし“新疆(しんきょう)”とこの地を呼ぶ中国
の清王朝は、国内の諸反乱に手を焼き、また隣国の干渉を恐れたため、1882年に
この地へ本土並みの行政制度を導入にて直接支配に改めた。以来、漢民族(中国)
が大量に流入し、現代の悲劇につながる。20世紀に入って近代的民族主義に目覚め
たウイグル人たちはこの東トルキスタンの地に2度に渡って自分たちの共和国を打ち
立てた。 |

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